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【建築家の文学館巡り 第9回】
--丈山苑--
愛知県安城市和泉


 京都の詩仙堂を訪れる人は多いでしょう。特に紅葉の季節には大勢の観光客が境内を埋めます。この主であった石川丈山はいわゆる世捨て人であったわけですからこの盛況ぶりには驚くに違いありません。

 石川丈山は江戸初期の儒学者であり代表的漢詩人です。元来は武士で徳川家康に仕え関が原の戦いにも出陣しています。この時軍則違反を犯して咎められ、以来急速に武士への興味を失い漢詩などへ傾斜していきます。広島藩に仕えた時期を経て、京都詩仙堂にて遠く故郷を思いながら一生を終えます。その故郷というのが安城市和泉であり、その地に丈山苑が建てられています。

  JR安城駅から、あんくるバスという小さな公共バスで約25分、日本のデンマークと言われた田園地帯を見ながら郊外へ。うだるような真夏の猛暑に汗びっしょりで門をくぐると、爽やかな水の音が、豊かな緑陰が別世界に誘ってくれます。施設は平成8年完成ですからずいぶん新しいのですが、ずっと以前からそこにあったがごとく風景のなかに溶け込んでいます。明治用水からひいた水の流れは意外に速く、自然の渓流に近いものがあります。まず癒されるひとときです。

 入苑料100円という申し訳ないような小額を支払い建物に上がります。京都の詩仙堂をイメージしており作庭師でもあった丈山の作品に模して庭も造ってあります。故郷の人々によってこうして丈山の世界が復元されていることは、故郷に帰ることを許されなかった丈山にとって大きな喜びとなっていることでしょう。不便なところですから訪れるひとも少ないと想像されます。私の他には初老のご夫婦一組でした。静かな世界に浸るには最高の環境と言えます。建物もよく検証され本格的に建築されています。

  丈山の書がまたすばらしい。現代にはグラフィックデザインというアートの領域がありますが、書体そのものがグラフィック的で絵といってもいいぐらいなのです。これと同じ感動を実は上海で経験しました。上海博物館の古代文字コーナーを見たときの震えるような感動に近いものがあります。書の可能性を改めて感じました。

  丈山の時代には多才な芸術家が多かったようです。京都に光悦寺という本阿弥光悦ゆかりの寺があります。丈山は光悦とも親交がありました。光悦寺の蔵には光悦の作品が陳列してありますが現代のプロダクトデザインの傑作と言っていいぐらいの家具小物を発見しました。そのセンスたるや群を抜いています。光悦もまたマルチな芸術家でした。丈山と光悦、多才な天才たちがどんな交流を持っていたか興味は尽きません。

  丈山が武士を捨てたように現代でも壮年になって道を変える人もいます。辞めないまでも組織に属することが嫌になることもあるでしょう。丈山は芸術の才能に恵まれた人でした。きっと現代の人々も隠れた才能をいっぱい持っているように思います。それを発揮する瞬間に恵まれるかどうか、やはり生き方に関っていることでしょう。

  なお丈山苑の近くに丈山文庫という個人設立の施設があります。丈山の遺品、そして詩仙堂に移る前に住んでいたとされる庵が京都から移築保存されています。

 

市民とメディア研究会・あくせす会員
木野秀明