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> ■建築家の文学館巡りindex 【建築家の文学館巡り 第7回】
山本有三の名は多くのひとが知ってはいても今どれぐらい読まれているのでしょう。最近<真実一路>が高岡早紀の主演でテレビドラマになってはいます。山本有三の著名な作品を年代順に並べると、生きとし生けるもの、女の一生、真実一路、路傍の石、となります。路傍の石は昭和12年朝日新聞に連載された新聞小説です。この作品が書かれたのがこの記念館、即ち当時山本有三が住んでいた自宅なのです。 記念館の前に立つと多くのひとが違和感を覚えるのではないでしょうか。スケッチでおわかりいただけるようにおよそその作風からは連想できない純洋館なのです。ぼくも面食らいました。そのブルジョワ的雰囲気に正直少々<そんな・・>と思ったほどです。もちろん昭和の初期の三鷹は田舎だったとは思いますがそれにしてもこれはないだろう、と。 この建物は山本有三ではなく清田龍之介という人物が大正15年に新築したものです。貿易商だったようですが当時の資料にはこの人物の住所が小石川区音羽7丁目10番地とありそこはなんと鳩山邸なのです。鳩山邸は現存しておりその設計は鳩山一郎の親友だった東京芸術大学教授岡田信一郎によります。そして鳩山邸と三鷹の清田邸の意匠には共通点が見られます。清田氏と鳩山家はどんな関係だったのか、清田邸即ち山本有三邸は岡田信一郎が設計したのか、まったく謎に包まれたままなのです。 山本有三がこの建物に住んでいたのは10年あまり。その間ここで児童文庫を開いた、とあります。湯河原に移り住んでからもしばらくその機能は残ったようです。自らが苦学であり、一高入学が22歳、帝大卒業が28歳、決して勉学の道をあきらめなかった志を児童たちにも受け継ぎたかったようです。このオーソドックスで正統的な作家は夏目漱石ほど読まれませんが、正統という言葉も死語の現在むしろ新鮮に感じられます。 再び玉川上水に戻りしばらく行くと井の頭公園の深い緑が見えてきます。太宰治が入水自殺をしたのはもうすこし下流です。橋を渡り井の頭公園を散策し吉祥寺に出るコースがよいでしょう。池の脇に茶屋があります。ずいぶん歩いて心地よい疲れのなかで飲むビールは格別です。階段を上がり公園を出るとそこにはおしゃれな店がずらっと並んでいます。
市民とメディア研究会・あくせす会員
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