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【建築家の文学館巡り 第4回】
--林芙美子記念館--
東京都新宿区中井2-20-1


林芙美子という作家に興味を持ったのは実は建築がきっかけです。高校生のころ白井晟一という建築家が好きでした。建築ジャーナリズムとは一線を画す孤高の姿勢にあこがれたのです。白井晟一はハイデルベルグ大学に留学し哲学を学びましたが、そのころ(昭和6年)パリに滞在していた林芙美子と浮名を流しています。林芙美子の方が恋心を持ったと言われますが真偽のほどは定かではありません。

林芙美子の人生はあまりにも複雑です。出生からして下関説と門司説があるほどで、幼少期から居所を転々とする、まさに<放浪記>を地でいくような日々であったといいます。
彼女が持つ2面性、即ち、明るさと暗さ、暖かさと厳しさ、率直さと虚言癖等など、幼い原体験が与えるものの大きさを改めて知ることができます。
しかし彼女はたくましかったようです。そして何よりも幸運だったのはすばらしい教師との出会いです。尾道第二尋常小学校の小林先生、尾道市立高等女学校の森、今井両先生、彼らは芙美子の才能を見出すとともに大きな文学的影響を与えました。本当に感銘深い話だと思います。教師という職業が輝いていたのでしょう。

さて林芙美子記念館をご紹介します。西武新宿線の中井駅(高田馬場から二つ目)を降り、商店街を抜けすぐです。昭和16年から他界する昭和26年まで10年間住んでいた自宅が新宿区によって大切に管理運営されています。全く当時のままで、さりげない玄関を入り見学の歩を進めると、その建築のすばらしさに気持が昂ぶってきます。芙美子は建築にあたって多数の建築書を読んで勉強し、設計者と大工を伴って京都まで建築視察に出かけたのだといいます。その設計者というのが山口文象、建築家であれば知らぬ者のない著名な人です。その山口文象が林芙美子に連れまわされたと思うと微笑んでしまいます。庭の景観を巧みに取り入れ、品のある、それでいて芙美子のたくましさを彷彿とさせる力強さも兼ね備えた和風建築です。特に書斎の造形、北の小庭の見せ方は参考になりました。夫は画家でそれはやさしい人であったようです。彼のための大きなアトリエもあります。少女時代の不幸を取り返したのかもしれません。

ぼくは夢中になって建築を鑑賞し満ち溢れてくる充実感に包まれましたが庭からもう一度建物を見てはっとしました。<そうか、彼女は若き日、パリで白井晟一に出会っているんだ!>林芙美子には絵心がありました。油絵に夢中になった時もあります。設計や建設が進む最中、白井晟一のことを思い起こしていたのでしょうか。

帰りながらぼくはもうひとつのことを思い出していました。豊島区椎名町に一時期住んでいたぼくは暇な日曜日よく散歩しました。目白通りを歩いていてある住宅建築の前で思わず体が震える覚えがしたことがあります。<これは・・>目を疑いました。表札には<白井>とあったのです。白井晟一まさにそのひとの自宅だったのです。
時を経てぼくは林芙美子の自宅を訪れ、ぼくのこころの中で白井晟一と林芙美子は再会したのです。実際に彼らがパリで出会った70年後の夏でした。

 

市民とメディア研究会・あくせす会員
木野秀明