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京都新聞「放送時評」
05年2月
「NHK問題」


 今回、会長の交代にまでいたったNHKの受信料の不正支出や、政治家の圧力による番組改編などの真相解明はどうなったのか?NHK内外で噴き出した多くの出来事は、一概には議論できないが、七千億円にのぼる私たちの受信料の予算審議を控え、無関心ではいられない。私自身NHKで長年仕事をしてきたことから、意見を述べる資格も疑わしいが、世界各地の<市民・住民による公共放送>を調査研究してきた立場から恥をしのんで提言したい。

 新聞報道によれば、番組改編をめぐりNHKに"圧力"をかけたとされる中川昭一氏さえ、「(NHKは私の言い分を)毅然として拒否したらいいじゃないか。その方が筋が通ってるんじゃないの?」と指摘している。NHKは果たしてジャーナリズムなのか?なぜ政治的圧力を拒否できないのか?単純化して言えば、第一に財政や経営、番組を郵政行政と政権党に握られており、第二にトップの感覚が一般市民の生活感覚から遠く遊離しているからだろう。

 国会対策・自民党対策を最優先課題とし、その延長線上で言論・表現世界の「治安維持」こそが使命であると真剣に考えている幹部がきわめて多い。会長を頂点にした中核部分は、保身的エリート意識をジャーナリスト意識と錯覚している政治部と企画室周辺集団である。彼らの重要な業務の一つは、ニュース・番組の監視である。内部用語で言うところの"お庭番"が、組織内に張り巡らされ、職場を閉鎖的にしている。私自身何度か苦い目にあってきたし、現在も比較的良質な記者・ディレクターたちもこの治安機関に萎縮している。こうした局内体質が、ニュースや番組を市民感覚や生活感覚から遠ざけ、若者や弱者の立場、世界の文化から遊離したものにしてきたといえる。「受信料不正使用」と「番組改編」は深部でつながっている。

 では何を変えればいいのか。単純には言えないが、放送法や受信料制度に明記された公共性や視聴者・市民の概念が、この数十年の間に大きく変容したことに気づくべきだろう。公共性の内実を決めるのは郵政官僚やNHKではなく、情報共有と自治を原理とする市民社会である。

 第一の課題は、政府が直接電波・免許を監理し、ことあるごとに政治家が跳梁する温床になっている独裁国家的な制度の改革である。電波監理は先進諸国なみに独立行政委員会に任せるべきだろう。第二に受信料を払っている視聴者・市民に、義務に見合う権利を認めるべきだ。経営委員の選挙権など経営への市民参加制度である。また世界中で行われているように、電波や財源、技術などを、地域住民、公益市民団体、教育活動などに開放することである。欧米・アジア各国では、こうした市民団体による公共放送が保障されている。

 一方、電波の所有者も財源の支出者も私たち自身であることを、私たちがもっと自覚すべきだろう。現在の危機は、放送制度を問い直し、多様で新しい公共性を創り出す好機でもあるのだから。

市民とメディア研究会・あくせす会員
津田正夫