■あくせすWebサロンTOP > ■放送時評index

京都新聞「放送時評」
04年6月


 国民の未来より「自己責任」を云々する無責任な首相や、浮薄なメディアの言説にうんざりしている人も少なくないだろうが、「妻が見た戦場特派員〜橋田信介という生き方〜」は、近頃たまった胸のつかえをおろしてくれた作品だった。(読売テレビ、六月十三日二五時二〇分から五〇分。制作・福岡放送)
  番組はとりたてて変わった作りではない。五月二七日にバクダッド近郊で殺された橋田信介さんの妻・幸子さんが、息子・大介さんとともに信介さんの死を確認するため、クウェートへと向かい、対面するまでの道のりに、静かに寄り添ったものだ。

  幸子さんが橋田さんと初めて出会ったのは、七〇年代、ベトナム戦争下のハノイだったという。橋田さんは当時ただ一人の日本人特派員として、ベトナムに滞在して、空爆にさらされながらベトナムの人々の日常をカメラで追い続けた。当時大学生だった幸子さんは信介さんの人柄と仕事に惹かれて一緒になり、幸子さん自身も彼のパートナーとして国際ジャーナリストの道を歩む。信介さんはカンボジア内戦、
湾岸戦争、旧ユーゴやアフガンの戦場を、細心の注意と強い決断で駆け回ってきた。

彼のレポート姿は勇ましいものではない。砲弾と死者たちに怯えながらの戦場の日常報告だった。クウェートで、彼の焼け爛れたビデオカメラを手に幸子さんは、「やっぱりあなたでさえ死ぬのね。あなただけは死なないと思ったけど」とつぶやく。
出会い、ファースト・キス、無残な戦場、人々の嘆きや悲しみ、家族の絆と再会などを、番組は劇映画よりはるかに印象深く描く。
遺言との対面
「夫は戦場に生きる普通の人にとてもやさしい人でした。……そして私たちにもそうでした」。

橋田信介さんの恬淡としながら熱いプロフェショナルな仕事の仕方はもとよりだが、連れ添ってこられた幸子さんの生き方、あるいは二人の自然な関係性、精神的な絆の結び方がすがすがしい。「覚悟」という意識や、九鬼周造が示した「粋」の概念を絵に描いて見せてくれたといってもいい。

ところで、この番組は去年の開戦の時から撮られている。通常、よほど親しい人でもないかぎり語らない個人的な回想や感慨も記録されている。これが福岡放送の作品であることに興味をもち、小川記者に聞いた。

国際ジャーナリスト連盟によると、イラクでは開戦以来、すでに43人の報道関係者が死亡した。ベトナム戦争では日本人14人を含めた死者・不明者は約70人にのぼるという。

「戦争の真実を知りたい。そして自分の目で確かめたい」という夫のジャーナリストとしての生き方に大きな影響を受ける。銃弾や砲弾が飛び交う戦場で、橋田さんは数々の悲劇を目の当たりにしてきた。家を焼き払われ、泣き喚きながら逃げ惑う家族、道端に放置されたままの兵士の死体、傷の痛みに苦しみながら死んでいく子供達。運命のはかなさが身に染む一方で、橋田さんが最も強く印象付けられたのは、死と隣り合わせの日常を懸命に生きようとする人々の姿だった。「死が身近であればあるほど、生きていること、生き続けることの尊さを全身で感じられる」…戦場から帰ってきた橋田さんは幸子さんに話してくれた。

そして幸子さんは語る。「夫はジャーナリストとしての大先輩。尊敬できる人…」。 最後の取材場所となったイラク。夫は幸子さんと一人息子の大介さんに「遺書」を残し、バクダットへと旅立っていった。

「NNNドキュメント」は、1970年1月にスタートした報道ドキュメンタリー番組です。この番組の特色は、日本テレビ系列の全国30社が制作に参加しており、毎回、さまざまなテーマの問題提起がされています。現在の日本のマスコミの多くは、中央=東京の発想で作られていますが、この番組では、ローカルの視点を大切にしています。

どのように生きるか、という青くさい問いを、久しぶりに思い出させてもらった。

市民とメディア研究会・あくせす会員
津田正夫