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どのマスコミも暗い激動の年が始まるかのような論調。こんな時こそちゃんとした選択肢を示してくれるジャーナリスティックな企画はないかと年末年始の番組表を見つめ、ザッピングした。今年は、一九五三年にNHKとNTVがテレビ放送を開始してから五〇周年でもあるのだから。
しかし年末年始特集のほとんどは、相も変わらぬ洪水のような"から騒ぎ"。わずかな報道番組も、北朝鮮を揶揄することで自ら慰め、経済復興・再生・癒しなどを望むものが多く、"出口のない"日本の状況を嘆く論者が目立った。吉本興業の横沢彪さん(元フジテレビで『おれたちひょうきん族』などを担当)は、『紅白歌合戦』のハイライトだった中島みゆきの「地上の星」(『プロジェクトX』のテーマ曲)は現代の軍歌だ、と喝破している。果敢に新しい世界や価値観を提示するのではなく、かつての経済戦士たちの郷愁を誘い、慰めることで視聴率を稼いでいるからだろう。
そんな中『朝まで生テレビ〜戦後民主主義とナショナリズムの台頭』(テレビ朝日、元日)、『関口宏の"歴史は繰り返す"』(TBS、元日)などが、それなりに現代を分析する意欲を感じさせるものだった。後者はかつてのローマ帝国の世界支配とアメリカ"帝国"の("帝国"という言葉が使われた)現在の覇権をさまざまな面で比較しながら、アメリカの近未来を予測するもの。ローマのゲルマンへのアレルギーを、アメリカのイスラムへに対するそれと比較して、非寛容を戒めているのが、やや粗雑だが光っていた。
それにしても、かつて歴史の節々に、基本的なテーマをかかげて視聴者・市民の電話参加を交えて論じ合った公共放送NHKに、最近はそうした企画がほとんどないのは、なぜだろうか。
さて『紅白歌合戦』に象徴されるように、テレビの主流は、相変わらずの人たちによる相変わらずの番組スタイルと言えなくもない。なぜか。答は明瞭だ。長い間テレビ経営者の顔ぶれが替わっていないのだ。世界がこれだけ激しく変わってきているのに、テレビ経営や制作の姿勢だけが変わっていないのだ。
たしかに近づくイラク攻撃戦争、出口のない不況など、社会環境が明るいとはお世辞にもいえない。しかし状況が暗いことと戦略がないのは別の話だ。亀は甲羅の形に似せて自分の穴を掘るという。クライ番組しか作れないのは、テレビ局経営者や下請のプロデューサー自身の視界が暗くて、希望がもてないことの告白ではないのかな?
神戸で阪神淡路大震災、須磨区連続児童殺傷事件などの修羅場を、地元市民の一人として体験しながら報道しつづけてきた、サンテレビの林英夫アナウンサーは、「ただ大変だ!と騒ぎたてるだけの報道、興味本位で演出過剰な報道に意味があるのか?」と疑問を投げる。メディアにたずさわる者自身の価値観の反映である「絶望の報道」から、市民社会によりそった「希望の報道」へ転換する時でないかと指摘する。住民の一人として地獄をみてきた、この地域ジャーナリストの声に共感する。
市民とメディア研究会・あくせす会員
津田正夫
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