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■2003年4月例会レポート

■街角のカフェのようなラジオ局〜NPOによる放送の試み〜
日時 4月25日(金)PM6:30〜8:30
場所 なごやボランティアNPOセンター集会室
地下鉄伏見駅下車6番出口徒歩5分
講師 福井文雄氏
京都三条ラジオカフェ(NPO法人京都コミュニティ放送)理事
内容 本年2月に日本で初めてNPO法人として放送認可を取得し3月31日に開局した京都三条ラジオカフェ。市民による市民のための放送をめざし、気軽に立ち寄れるカフェ空間になっています。このまったく新しい市民メディアの立ち上げと現状、そして将来展望について語る。

■ コミュニティFMの流れ

・コミュニティ放送の制度は1992年にできた。
・当初は地方の市町村を対象に考えていたようで、函館市のFMいるかが第1号となった。
・2番目が大阪守口市のFM HANAKOだが、函館市に続いて開局するところがなかなか誕生しないということで、都市部周辺でも認可されていったという流れがあるようだ。
・以降徐々に開局するがほとんどが第3セクターによるものであったが、阪神大震災を契機にFMわいわいが開局。当初合法局ではなかったが、在住外国人向けの震災情報は切実であったため、要件を整えて震災1周年の日に郵政省から認可され、今は8カ国語による多言語放送も実施している。この放送局はコミュニティ放送のあり方に新しい刺激を与えることとなった。
・現在全国に160余のコミュニティ放送(出力20Wを上限とするFMラジオ局)があるが、札幌市のラジオノスタルジアのように数人のコアメンバーにより、音にこだわった中高年向け放送が現れるなど、都市部周辺を中心にかなり多様化する傾向も一部に認められる。


■ ラジオカフェはどのように生まれたか

・再開発の話が持ち上がった歴史的建造物を壊さず保存しながら再生させようという流れが源流としてあり、その建物から京都の文化・芸術を発信しよう、京都のまちなかを再活性させたいという流れとなった。
・個人的にはそれ以前から、KBS京都アクセスクラブという地元県域放送局で市民が番組枠を買いとって市民提供の番組を放送しようという運動に関わっていた。KBS京都というのは、バブル期の事件を契機に経営危機が表面化し、放送労働者と市民の再建運動で再生した放送局で、その過程で40万人の市民の署名を集めた歴史がある。
・市民の手でコミュニティ放送局を創ろうという運動は、再生された歴史的建造物(1928ビル)にあるギャラリーで毎週開催した「月曜例会」で検討され、約1年半で、約50回開いたと思う。学生や社会人、放送経験者など毎週10〜20人ぐらいが集まり、こんな局をつくりたい、と話し合った。
・2000年10月1日に大きなシンポジウム<市民がつくるNPO放送局の可能性>を、NPO京都社会文化センター、京都NPOセンター、大学コンソーシアム京都の3組織が共催して開催。このシンポジウム以降、NPO放送局設立に向けた具体的活動がスタートしたと言える。

■ 交渉はやはり困難であった

・2000年の夏頃に初めて、当時の郵政省電波監理局と交渉を開始。この時、放送は営利事業であるから、NPOでは事業者になれない、と言われた。
・2001年1月に放送免許の管轄は総務省に編成され、NPO法人の管轄も同じ省であったこともあるかもしれないが、多少対応のニュアンスが変化してきた。この年の春以降、いいとも悪いとも言わないが、財政的保証がNPOでできるのかという課題が強く指摘されるようになった。
・2002年3月に当会のNPO法人が京都府から正式に認証されたことから、事態は好転していった。2001年秋には財政基盤の弱いNPO法人をサポートする目的で株式会社を設立し、財政的保証という行政からの指摘をクリアする工夫を凝らした。

■ いよいよ経営へ

・2002年春から本格的な開局準備を始めた。秋(11月)に申請書が正式受理されるが、入会金10万円の正会員には70人を超える方々が登録されるなど、市民的な協力が寄せられた。
・京都市は財政危機ということで直接的な財政支援は無理であったが、アンテナ設置場所の便宜など、一部の協力は得られた。
・機材はプロジェクトメンバーを編成し、ネット通販なども利用して、極力安く抑えた。NPO放送局ということで、専門家を含め多くの方々の献身的な協力を得られたことは、財政的にも非常に大きかったと思う。
・京都出身でアメリカロサンゼルスでラジオプロダクションコースを学んだ人材が技術チーフとして活躍している。技術サポートボランティアも海外経験のある若い人たちが集まってきている。従来の日本の放送局では実現しなかったいろいろな面を出せるのではないかと期待している。
・アメリカではパブリックラジオ、コマーシャルラジオと分類される。パブリックラジオは大学が運営することが多いが、放送局自体はリスナーによる財政支援によって成り立つ構造を持っている。アメリカにおけるこうした放送局の展開は、参考になると思っている。

■ 番組の編成、構成

・日本において、NPO放送局をどのように運営するかは新しい試みだけに難しさことも多い。
・「京都三条ラジオカフェ」での放送は、NPOを含めた市民的な各種団体や愛好家などを含めたグループなど、番組を作ろうという方々は、番組会員となって、自らが番組制作を手がけることになる。
・放送の利用は原則有料で、番組会員費(放送利用料)は例えば毎週3分番組で月額5000円と抑えている。無料枠のパブリックアクセスも準備しているがまだシステムが確立していない。
・番組会員は様々だ。友人の音楽活動を支援するために6分番組を作り、友人の音楽を流している会社員もいる。
・番組編成は局内に7人からなる番組編成委員会を設けて最終決定権を持たしている。
・ニュースは当面の対応として地元新聞社と契約している。
・視聴者の反応などは今後の課題。

■ ところで放送局の建物は

・1928年に建設された指定文化財。元は毎日新聞京都支局ビルであった。
・再開発の話が持ち上がり、それを避けるため建築家が建物を購入した。
・地階は若手アーティストが多く集まり、ライブも多い「カフェアンデパンダン」。
・1階は正面が「同時代ギャラリー」。横に放送局と併設する「ラジオカフェ」。
・3階には舞台芸術(小劇場)展開をする「アートコンプレックス1928」。

■ さいごに

この活動は<市民コミュニケーションを電波で保証する>ことに真の目的がある。